《呪肉》とは小さな人間の目、口、耳の形をしたできもの。人間を含め、グウィノールの動植物すべてに取り憑く。滅ぼされたグウィノール帝国の呪いではないかと考えられるが、はっきりしたことは分かっていない。

 通常《呪肉の徴》は皮膚表面に現れるが、内部臓器にあるケースも知られている。

それは人間の女の目、口、耳に似たものが通常あり得ない箇所に生じるという形で現れる。

最も多いのは《目》。皮膚下に埋まった小さな眼球であればホクロか痣に見える。もっとはっきりしたケースでは瞼を含めた完全な「眼」となる。小さな「口」や「耳」の形をした痣や皮膚のでこぼこである場合もある。いずれも器官としての機能は持たない。

もしも畑の作物にその「徴」が現れたらその畑は焼かねばならず、三年はそこで耕作してはならないとされた。家畜にその徴が現れた場合はその乳も肉も食用にしてはならないとされた。

 しかし、実際には厳密に守られることはなかった。



《呪肉の呪い》の原因についてはさまざまな説があったが、滅ぼされたグウィノールの祟りであるとするのが一般的な考え方だった。なぜ少数の者にだけ発現するのかという問題になると、先祖がグウィノール人の怒りを買ったからという説、グウィノールと関係なく先祖の悪業のせいとする説、両親のどちらかが正しくない行いをしたからだという説など多数があった。両親の過度の肉食がその原因とする説もあり、これは一面では正しかった。いずれにしろ親の因果が子に報いた結果という考え方が強く、幸運にも《呪肉の呪い》の汚染を免れた人々は呪肉を持つ者を蔑み、またそれが移るのではないかという恐れから近寄ることを嫌った。 


三公国時代、《呪肉》は呪われたものとされ、差別と弾圧を生んだ。《呪肉》を持つ者への弾圧は時代や為政者によって変わった。容認された時代もあれば、厳しく取り締まられた時代もあった。同時代の三公国でも厳しいところとゆるいところがあった。そのため取り締まりが厳しい国からゆるい国に逃げ出す者も多かった。呪肉憑きに対する弾圧は北のカシェンドンが厳しく、ダルモリカでは伝統的にゆるかった。ラスモリオンでは呪肉が少ないこともあり、取り締まりが行われること自体あまりなかった。

 弾圧が強い時代には《呪肉の徴》を持っていると疑われただけで捕縛され、それがただの痣やホクロであっても畸端審問官により切除処置が施された。仕事熱心な審問官は完璧を期するため少しでも疑わしい箇所はすべて大きく切り取ったので多くの被術者がその過程で死んだ。処置を生き延びても多くが術後の感染症で命を落とした。「完全に切除された」遺体は共同体の墓地に埋葬することを許された。そうでない場合は遺体は焼かれ、その灰は川に撒かれねばならなかった。



☆三公国時代の魔法

 グウィノール時代から続く魔法の伝統があり、グウィノール時代のように社会の基盤ではないが、魔法は市民生活の中に深く根付いている。彼らはグウィノール貴族の末裔ではないため、そのほとんどは「小さな魔法」であり、成否も確かではない。だが、グウィノールの伝説により人々は魔法を信じ、頼る。例えば、濁った水を早く澄ませる魔法、燃えにくい薪に火を点ける魔法、炎を明るくする魔法、エールが酸っぱくならないようにする魔法(その反対ももちろんある)、美人に見せる魔法、傷を早く治す魔法、声をよくする魔法、ミルクをはやくチーズにする魔法、堆肥がよく出来る魔法、貯蔵食物を腐敗から守る魔法、作物の芽を霜から守る魔法、牛のミルクの出をよくする魔法など。いずれも「おまじない」の域を出ず、そのまじないを唱えたか唱えなかったかによって結果に差があるのかどうかの査証もされないが、人々は何かにつけてまじないの言葉を唱える。それは人々の心の拠り所だった。

 占いやまじない売りを生業とする者もいる。彼らは一般人には難しいとされる魔法を請け負い、また教える。辻のまじない売りの売る魔法は当てにならないと皆知っているが、それでも幸運を願って買う者はいる。まじない売りや魔法を教えることを生業とする者の中にはグウィノール貴族の血を引くと自称する者もおり、髪を染めるなどしてそれらしく見せる者もいる。

が、いずれも「本物」には遠く及ばない。「本物」はごく僅か生き延びているが、むしろ目眩しによって普通の外見に見せかけていることが多い。

 その一方でグウィノール貴族の末裔ではない一般の人間の中にも本物の魔法を使う者たちがいる。それはグウィノールの魔法技術を伝えるものであり、グウィノール人ではない人々にとって習得は困難を伴うが、不可能ではない。大抵の場合ひとつの魔法を習得することがやっとで、複数の魔法を使いこなす者は人間では稀だった。それでも技術は連綿と伝えられていた。たとえば、薬を使って獣に変身する技を身に付けた一族がいた。他人を呪詛することを得意とする一族もいた。局地的に雨を降らせることが出来る一族もいた。彼らはそれを生業として暮らしていた。

 三公国時代が終わって再統合時代に入るとさまざまな技術が発達して生活が便利になり、それと比べて成功率の低い魔法は次第に省みられなくなっていった。

☆《呪肉》について

 
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